人文系の大学院留学

…を目指して断念した人のつぶやき。

進路とキャリアの悩み

先週末、実家に弾丸帰省していました。進路とキャリアのことを考えていたら心が折れたからです。まだ明確な答えが出たわけではないですが、とりあえず今の自分の心の中にあることを言語化してみようと思います。

 

進路について悩み始めたきっかけは、その先のキャリアについて考えていたことです。ちょうど初めてのTOEFLを受けたあたりで、なぜかわからないのですが急に「自分は本当にアカデミアに残りたいのか?」という疑問がわいてきました。どの職に就いても最初は過酷ですが、アカデミアの場合、学位をとってから10年弱は収入の安定しない期間が続きます。これは日本でもアメリカでもそうです。アメリカの場合、運良くテニュアを取れたらまずは安定した雇用が期待できますが、毎年コンスタントに研究を発表し続け、グラントをもらえるように申請書を書き続けることになります。もちろんそれが仕事なわけですが、相当な根性がいることは間違いありません。

誤解されたくないので最初に言いますが、私は研究が好きです。未知の事柄に出会って問いを立て、仮説を立てて実験し、その結果から何らかの答えを導くというプロセス自体はすごく魅力的です。でも、それを仕事にしたいか、それで食っていきたいか、と聞かれるとすぐにYesとは言えません。それに、私の印象では研究者や研究者になろうと思っている人は、自分自身や自分の研究にすごく自信や誇りを持っています。私の身近にいる研究者は海外で学位を取りましたが、「不遜なことを言うと、俺はわざわざ海外に行って学位を取っていなくても今くらいの職に就けたと思っている。俺はすごい。」と自信満々で言ってきました。まぁこういうことをわざわざ言ってくるケースは稀かもしれませんが、日ごろ自分の周りにいる院生の中には自信で満ちあふれているように見える人がたくさんいます。自分の研究に誇りを持っていて、ちょっと批判されたくらいじゃひるまない姿勢があります。それに対して、私はとにかく自分に自信がない。元祖ネガティブ人間で、自分は能力がない人間だという自覚があります。日本人の中で飛び抜けて英語ができるわけでもないし、研究能力はあまりないと思います(どうやったら測れるものなのかは知りませんが)。仮に私の英語が今後飛躍的に向上して、ネイティブと同じレベルになったとしても、アメリカにいようが日本にいようが私の研究能力は変わりません。研究でも日常生活でも、ちょっと批判されただけですぐに泣くようなメンタルでは、アカデミアでやっていけるはずがありません。ここだけの話、私は卒論の口頭試問で言語学・心理学に明るくない審査員にボロクソに批判されてその場で号泣したような人間です。今思えば外野の的外れな批判なんて無視しておけばよかったのですが、それができませんでした。

自分に自信もなければ能力もない人間がアカデミアに残るなんて非現実的すぎます。だから、研究者になることはもう90%以上諦めています

 

そうすると次に浮かんでくるのが、「研究者になるつもりがないのに、なぜアメリPh.D. を目指すのか?」というものです。これは当然の疑問です。なぜなら、理系の場合アメリPh.D. を取得後に民間企業にエンジニアや研究員として就職することも普通にあるのに対し、文系は必ずしもそうとは言えないからです。アメリカと日本を比べてみると、日本の文系博士課程はほぼ全員がアカデミアに残るのに対し、アメリカはまだ民間企業への就職の道が開けている方です。とはいえ、「最初から民間企業に就職する前提でアメリPh.D. に進学すると、キツすぎて途中で死ぬ」というのはよく耳にします。膨大の量のコースワーク、Qualifying Examと呼ばれるPh.D. Candidateになるための試験、TA業務など、日本の博士課程に比べてアメリPh.D. が大変なのは一目瞭然です。しかも使用言語では母語ではない。今私が「アカデミアに残るつもりはないけど、アメリPh.D. を目指します!」なんて言ったら、文系のアメリカ大学院にいる人は異口同音に「それはやめとけ」と言うでしょう。

 

それでも私が目指したいと思うのは、アメリPh.D. に行っても行かなくても後悔するからです。

 

アメリPh.D. を断念したら後悔するというのは、もちろん研究に対する未練です。冒頭にも書いたとおり、私は研究が好きです。好きだったから学部卒で就職する道を選ばず、大学院に進学しました。そして、交換留学も含めた3年間で研究を究めて次につなげるつもりでした。交換留学中に大学院の授業を履修して、アメリカ大学院を視察する予定がコロナで吹っ飛んだのは私のプランにおいて大きかった。正直、交換留学中の大学院の授業でキツイと思ったら、Ph.D. は断念するつもりでした。また、交換留学を経てPh.D. に出願して全落ちしたら、再挑戦はせずに就職するつもりでした。これは本当です。それが視察する機会も与えられず、自分の能力を試すこともできず、日英語比較の研究なのにろくな実験もできず、中途半端な修論を書いて修了しようとしている。こんなはずじゃなかった。せめてもっとちゃんとした研究をしてから、足を洗いたい。

それに、今から修士卒で就職して2-3年くらいして「やっぱり大学院留学したい」といっても、もう手遅れです。大学に所属している今でさえ推薦状の書き手探しに難航しているのに、一度社会に出てしまえば当然アカデミアとのつながりも薄くなる。奨学金の機会もぐっと減ります。「やっぱり大学院留学したい」と思っても、それが実現できる可能性は限りなく低いということも、Ph.D. を断念したら後悔する要因です。

一方で、アメリPh.D. に行ったら後悔するというのは、アカデミアに残る気もないのに研究者養成のコースに入ることで自分で自分の首を絞めることになるのではないか、ということです。*1Ph.D. では相当きつい環境の中でなんとか食いついていかなければならないのは明白です。もしPh.D. に合格したとしても、最後の学位取得までたどり着ける保証はありません。事実、途中でドロップアウトする学生は少なくありません。

 

どっちに転んでも後悔するなら、やり直しがきくPh.D. 進学の方がいい。アメリPh.D. に進学してのたれ死ぬかどうかは、行ってみなきゃわかりません。「やり直しがきく」、「もしダメだったら帰ってくる」というのは甘えでしかありません。こういうことを言うのも、私自身あまり好きじゃありません。「なんとかなる」という言葉がこの世で一番嫌いです。Ph.D. が軽い気持ちで行く場所ではないことくらいわかっています。だから悩んでいるのです。

 

こんなに文字数を食っておいて、まだ結論は出せていません。今は誰かに相談したらすぐその人の意見に流されるような状態です。結局、どんな人に何人相談しても自分の人生を決めるのは自分です。だから、もう少し考えます。

*1:ざっと調べたところ、アメリカの心理学に修士課程はなく、大学院=Ph.D. でした。