文系の海外留学!

文系の院生がアメリカでの交換留学を経てPh.D.進学を目指す記録。

交換留学が中止になりました。

今朝起きたら、UW-MadisonのオフィスからFall 2020の交換留学受入中止のメールが来ていました。ショックと、悔しさと、悲しさが入り混じって、茫然自失という言葉が今の自分に一番ふさわしい、そんな状態です。とりあえず洗濯物だけは干してきましたが、ごはんを食べていても、GREの数学の問題を解いていても、歩いていても、何をしていても誰かに何かを言われたらワっと泣き出してしまいそうです。とりあえず、この記事では今の私の率直な気持ちをつづりたいと思います。

 

私が修士課程での交換留学を決意したのは、学部4年生になったころでした。学部3年の終わりに文化人類学から言語学に転向することを決意して、外部から京大の大学院を受験することを決めた時期と重なります。その時、言語相対論の論文は欧米の研究者が発表していて、日本ではあまり盛んではないことを実感していく中で、いつかはPh.D.進学をしたいなぁと漠然と思っていました。それでも、専攻を変えたばかりで卒論すら書いていない状態でいきなりPh.D.はさすがにしんどい、まずは日本で修士号を取ってから海外大学院を目指してはどうか、と当時の指導教員(UCLAPh.D.ホルダー)に言われました。でも、その助言を鵜呑みにしながらも、心のどこかで「日本で日本語で学士修士の6年間教育を受けて、そのあといきなりPh.D.なんていけるんだろうか」と思っていました。日本の大学を出て海外大学院に進学した先輩方の多くが、学部生のうちに交換留学を経験していることは知っていました。だから、Ph.D.を目指す前のステップとしてまずは交換留学に行こう、それで海外大学院の授業を受けて無理そうだったらPh.D.は諦めよう、と。そんな感じの決意をしたような記憶があります。

交換留学すると決めてからの私の動きは、自分で言うのもなんですが早かったのです。卒論執筆、京大の院試の受験勉強と平行しながら京大の協定校と必要な語学スコアを調べ始めました。交換留学を経験した人は知っていると思いますが、交換留学をする場合、実際に留学する1年半くらい前に大学の一次〆切があります。修士2年の9月から留学する私の場合は、修士1年の4月末までに必要な語学スコアと書類を集めて提出する必要ががありました。もし京大に受かったら進学したての4月なんてあっというまに終わってしまう。すぐにIELTSの受験計画を組み、学部4年の7月になんとかIELTS6.5をとることができました。IELTS6.5があればたいていどこの大学にも出願できることがわかっていたので、すごく嬉しかったのを覚えています。

そして、京大の大学院にも無事合格することができ、進学直後の4月末に志望動機書とIELTSのスコアシート、指導教員が盛って書いてくださった推薦書(笑)を京大に提出、学内選考を突破しました。それからは修論の構想を練りながら、交換留学に使える奨学金の情報を集め始めました。奨学金Ph.D.のような正規留学にしか出されないと思っていたので、思いのほかたくさんあったことに驚きました。そして、全部で3つの奨学金に応募して、運よく1つの奨学金をいただくことができました。将来の進路について縛りがあるのでここで名前を出すことはできませんが、かなり手厚いものです。こうして、修士1年のうちに財源の確保ができたことはメンタル面で大きな支えになりました。

修士2年に進級してからは日本やNew Yorkでコロナがピークを迎えていましたが、それでもUW-Madisonから「通常どおりのスケジュールで手続きをしてもらう」という連絡があり、履修登録や住まい探しをし、ビザの申請に必要な書類を調べ、Googleマップストリートビューでどんな地域なのかを見てみたりもしました。4月から新しい年度が始まる国だから、バイト先に「9月から留学に行くので休職します」という連絡も入れていました。もちろん日本にいるうちは修論執筆に全力を注がなければいけないのですが、どうしても集中できない時は大学の周辺にどんなお店があって価格帯はどれくらいなのかとか、縮毛矯正ができる美容院はどこかとか、持病の治療をMadisonでもできるかどうか、できるとしたらどんな薬を使うのか、飛行機はどこで乗り継ぎか、など、とにかく調べまくっていました。ついでに、海外電圧に対応したドライヤーも買っていました。

 

それが、今になって中止。

 

今まで私が交換留学の準備に費やしてきた2年間は何だったんでしょうか。Twitterを見ていたら私と同じように9月からの交換留学が中止になった、というツイートもいくつかありましたが、心のどこかで「Madisonは大丈夫だろう、感染者数も少ないし」と思っていました。それにUW-Madisonからも「Fall 2020が通常どおりの対面授業になる可能性は低いが、オンラインと対面を組み合わせた形で授業をやれるように準備する」と連絡が来ていました。今思えば、あれはUW-Madisonの全学生に送られていたものだったので、交換留学生は例外だったのかもしれませんが。

「交換留学に行けないのはあなただけじゃない、みんな同じ、不公平ではない」という正論なんて聞きたくないです。交換留学が中止になったという結果はみんな同じかもしれないけど、それにかけてきた思いは一人一人違うはずです。私は、この交換留学に誰にも負けないくらいの情熱をかけてきた自信があります。交換留学は基本的に学部生メインで、彼らの多くは「英語しゃべれるようになりたい」というモチベーションです(もちろんそうじゃない人がいるのも知っています)。でも私が交換留学をしたいと思った理由はそんなんじゃなくて、最初に書いたように「Ph.D.進学のための重要なステップ」という位置づけでした。Ph.D.出願の時に必要な推薦状を書いてもらえそうな先生を探すこと、アメリカ大学院の授業がどんな感じなのかを知ること、現地の院生とコネを作ること、英語母語話者と実験をすること、が目的でした。英会話力を上げることならわざわざ交換留学に行かなくてもできるけど、私は交換留学を通してしかできないことを達成したかった。

 

交換留学が中止になったことを受け止めるのには、まだ少し時間がかかりそうです。でも、履修登録したクラスをキャンセルしたり、申し込んだアパートにキャンセルの連絡を入れたり、否が応でも受け止めないとできないこと、やらなければならないことがたくさんあります。今が修士の最終学年である以上、進路も考えないといけません。

正直、今は中国が憎くてたまりません(中国人が嫌いと言っているのではありません)。中国は国内で多数の感染者を確認しておきながら、春節の時期に世界中に観光客を送り込みました。また、日本も日本で安倍政権の後手後手の対応に振り回されました。強制的なロックダウンをすることなく死亡者数を低く抑えられたことは、安倍政権の手柄ではありません。仕事がなくなり経済的に困窮する国民に配ったのは、お金ではなく布マスク2枚でした。愚策にもほどがある。

 

今週末はGREなのに、最悪のタイミングで最悪のニュースを突きつけられました。どうやったら立ち直れるか、わかりません。とにかく、上に書いたことすべてが今の私の正直な気持ちです。最後まで読んでいただきありがとうございました。