人文系の大学院留学

…を目指して断念した人のつぶやき。

【連載】私の研究について①

GWが始まりました。といっても研究を続けるのには変わりありません。根詰めてGREの勉強をしていたら疲れてきたので、今週いっぱいは少しお休みします。それでGREネタがなくなったので、ここからは私の研究について書きたいと思います。もちろん、1回では終わらないのでいくつかに分けていきます。

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【目次】

 

言語学と心理学の狭間で

私は、最初の自己紹介の記事で、言語学と心理学の間をさまよっている、と書きました。

studyabroad.hateblo.jp

なぜそんな曖昧な書き方をしたかというと、日本では言語学と心理学が別個の学問として扱われており、私みたいな中途半端な人間の受け皿があまりないからです。ちなみにアメリカでは「心理言語学(Psycholinguistics)」という学問が確立しており、両分野の研究者同士の交流が盛んです。この分野は名前のとおり人間の心と人間が話す言語の関係を探求するものですが、私はその中でも「人間が話す言語とその人の思考/認識/記憶にどのような関係があるのか」に興味があります。

言語相対論のはじまり

言語と思考の関係について初めて明示的に言及したとされるのが、アメリカの言語学者Benjamin Lee Whorfという人です。彼は、「私たちの思考は言語に多大な影響を受けている」と書き残し、「異なる言語を話す人は異なった世界を見ている」と言い切りました。彼のこの主張を、言語相対論(linguistic relativity)といいます。Whorfは自分の主張を補強する例をいくつか挙げていますが、この記事ではそのうち有名な2つを紹介します。

イヌイットと雪

イヌイットは極北地域に住む民族です。エスキモーとも呼ばれますが、こちらには「生肉を食う人」という差別的な意味合いがあるので、今はイヌイットという名称が使われています。彼らが話す言語がイヌイット語で、その言語はWhorfによると雪の種類を細かく分けて表すそうです。日本語や英語では"powder snow"や「ざらめ雪」など「〇〇雪」という言い方をしますが、イヌイット語の場合、「~な雪」というふうに2つに成分に分けられるような言い方はせず、それ単独で「ざらめ雪」を表す語彙を持っています。そのような雪の形状や性質を表す語彙が80個近くあるといいます。Whorfはそのようにある特定の分野の語を細かく分けている言語を話す人は、そうでない人に比べて種類を見分けるのにすぐれている、と主張しました。

ホピ族と時間

ホピ族はアメリカの先住民族で、ホピ語を話します。今でもホピ語はアリゾナ州の一部で話されているそうですが、この言語が消滅するのも時間の問題でしょう。さて、そんなホピ語には「時制がない」といいます。英語には現在形と過去形*1、日本語には過去形と非過去形*2がありますが、ホピ語にはそういった区別はなく現在も過去も未来も全部同じ形を使って表します(中国語と同じですね)。このような特徴を持つ言語の話者は、時制を持つ言語を話す人と比べて時間の感覚が薄い、とWhorfは言いました。

初期の言語相対論に対する反論

証拠は?

Whorfは上に挙げたような例をいくつか出しているのですが、決定的な弱点がその証拠を出していないということです。イヌイットの例はWhorfの指導教員だったEdward Sapirがフィールドにしていたところから想像したもので、彼自身イヌイット語の専門家ではありません。もちろん、「雪の見分け能力テスト」みたいなことをしたわけでもありません。また、ホピ族の時間の認識についても、Whorfはホピ語と英語のバイリンガルでニューヨークに住んでいたたった1人の話者からホピ語のことを聞いただけに過ぎず、彼のホピ語の理解は極めて怪しいと言われています。実際、ホピ語の時制については、Ekkehart Malotkiという人がHopi Timeという本で詳細に分析しており、Whorfの分析は間違っているとしています。

言語が思考に影響を与えている?思考が言語に影響を与えている?

「鶏が先か、卵が先か」という疑問です。イヌイット語の雪の例を使うと、「イヌイット語を話すから雪の見分け能力に長けている」と主張することも可能ですが、逆に「ふだん生活していく上で雪の種類を識別する必要があったから、そのような分け方をした」ということも理論的には可能です。後者のような主張をしたのがSteven Pinkerという人で、彼はThe Stuff of Thoughtという本で痛烈な批判を展開しています。

エスキモーが雪の種類を表す単語を多くもっているから、彼らは雪により大きな注意を払っているのだという考えそのものが本末転倒もいいところなのだ(いったい、エスキモーが雪に大きな注意を払う理由をほかには考えられないとでもいうのか?)。(中略)雪を表すエスキモーの語に関するウォーフ的な説明は原因と結果を逆転しているだけでなく、そもそも異なる民族間の認知の違いを実際以上に誇張している。『思考する言語(上)』p.250

Pinkerの言うことも一理あるし、Whorfの言うことも(証拠さえあれば)納得できるような気もします。

まとめと参考図書

今回の記事では、言語相対論の初期の初期について対立する2つの主張をまとめました。次の記事では、この言語相対論がどのような変遷をたどって今に至るのかをまとめます。今回の記事で興味がわいた方は、以下の2冊を読んでみてください。

*1:現在形と過去形は動詞自体が活用して形を変えるのに対し、未来表現は助動詞willを使うので英語に未来形はない、という説が一般的です。

*2:「~した」は過去を表しますが、「~する」は未来のことも現在のことも表せるので日本語では過去か非過去かという分け方をします。