大学院留学断念記

人文系のアメリカ大学院留学を諦めました。

【連載】私の研究について②

この記事は、前回の続きです。前回の記事を読んでいない方はこちらからどうぞ↓

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【目次】

 

1960-1970年代の言語相対論

前回の記事では、言語相対論と呼ばれる主張が登場した当初のことを書き、それに対する痛烈な批判もあることを紹介しました。言語相対論は発案者Benjamin Lee Whorfの主張が拡大解釈された結果1940-1950年代に一度ピークを迎えますが、それ以降は勢いがなくなりました。「違う言葉を話す人は違う世界を見ているなんてデタラメ」、「そんなことをどうやって証明するのか」といった反論に消されていった形です。実際、Whorf自身が何の証拠も提示せずに言語相対論を主張したため、このような反論があったのもうなずけます。

1980-1990年代の言語相対論

そんな中、一部の研究者たちの間でWhorfの主張を再評価する動きが見られたのが1980年代です。Whorfはたしかに「違う言葉を話す人は世界を違ったふうに見ている」と論文に書いていますが、その証拠を出さないまま亡くなりました。なんとかして科学的な根拠を見つけられないだろうか?と考えた研究者たちは、心理学実験という手段に行き着きます。つまり、違う言語の話者に物体を見せてそれを認識している方法を探るというものです。ここでは、言語相対論の火付け役となった2つの研究を2回に分けて紹介します。

タラフマラ語と色(Kay and Kempton 1984

Paul KayとWillet Kemptonは、メキシコの先住民族であるタラフマラ族の言語に注目しました。*1彼らの話すタラフマラ語には色の「青」と「緑」を表す言葉が存在しない代わりに、その2色を同じ言葉で表します。つまり、青と緑を言語の上で区別しないということです。「青いペン」と「緑のペン」は同じ表現ということ。一方、英語はblueとgreenで2色を区別します。このような言語の違いに注目し、KayとKemptonは「青と緑を区別する英語話者と区別しないタラフマラ語話者に色の識別課題をやらせたらどうなるだろうか?」と考えました。もし言語相対論が正しければ、両者の結果はいくらか異なるはずです。「異なる言語を話す人は、世界を違ったふうに見ている」のですから。

では、KayとKemptonがやった実験をここでもやってみましょう。

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上の写真を見てください。3種類の色が並んでいます。真ん中の色を基準とした時、一番左と一番右のどちらが、より真ん中の色に近いですか?このような質問をいろいろな3種類の組み合わせで英語話者とタラフマラ語話者に聞きます。すると、どの組み合わせでも正しく答えられたのはタラフマラ語話者の方で、英語話者は間違えることの方が多かったのです。

これについて、KayとKemptonは英語話者の色彩語彙が原因だと推測しています。本来はスペクトラム状になっている色を人間の都合で勝手に切り分けているのが言語だとすれば、青と緑を言語上で区別する英語話者は「真ん中の色は青と緑の混ざった感じだけど、なんか青っぽいな。じゃあ青に近いのは右の方か。」みたいな推論をします。それが本当にスペクトラムにおいても正しければよいのですが、問題は、スペクトラムにおける青と緑の境界と、言語における青と緑の境界が一致していないことにあります。だから、言語上の区別に従って色の似ている度合いを判断すると間違えるのです。それに対し、3つの色を言語で区別しないタラフマラ語話者は、英語話者のような推論をしません(できません)。タラフマラ語話者は3種類の色を全部同じ言葉で表すため、言葉に引っ張られることなく正しい判断ができた。でも、青と緑を言葉の上で区別している英語話者は、その言葉の区別に引っ張られ、本当は同じ距離の色でもその間に青と緑の言語上の境界があるとその距離を過大に見積もってしまったというわけです。

 

言語によって人間の認識がゆがめられていることがわかった、先駆的な研究です。これ以降、色彩語彙に限らず様々な分野でこのような実験が行われていくことになります。次回の記事では、別の分野からもう一つ、面白い実験を紹介します。お楽しみに。

*1:Kay, Paul. and Willet Kempton 1984. What is the Sapir-Whorf hypothesis? American Anthropologist 86 (1): 65-79.