人文系の大学院留学

…を目指して断念した人のつぶやき。

【連載】私の研究について③

私の研究についての連載記事、3本目です。1本目と2本目はこちらから↓

studyabroad.hateblo.jp

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この記事では、前回の続きとして1980-1990年代の研究を取り上げます。

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【目次】

 

1980-1990年代の言語相対論(つづき)

1980年代になると、言語相対論の科学的証拠を出すべく、様々な心理学実験が行われるようになりました。前回の記事では色彩感覚を測る実験を紹介しましたが、今回はまた別の面白い実験を紹介します。

ツェルタル語と方向

日本語にも英語にも、前後左右を表す言葉があります。でも、世界の言語には前後左右を表す言葉がないものもたくさんあります。メキシコに住むツェルタル族が話すツェルタル語もその一つです。ツェルタル語では、モノや人の位置関係を東西南北を使って表します。日本語でもたとえば道案内をしている時に、「郵便局の北に駅の入口があります」と言うことはありますが、そのような表現を使うのはごく限られた場面だけです。前後左右を表す言葉がない言語の話者は、このような表現を日常的に使います。たとえば、「机の南南西にあるコップを取って」とか、「北側の足にアリがたかってるよ」とか。このような言語を話す人たちは方向感覚に恐ろしく長けています(そうでないと、言語が話せない)。実際、彼らをいつもの生活空間から連れ出して未知の場所に車で連れていき、太陽の光が届かないような密室空間の中で「北はどっち?」と尋ねると、正しい方向を瞬間的に指さすそうです。*1そんな彼らと、前後左右を使ってモノや人の位置関係を表す日本語や英語の話者は、見ている世界が違うのでしょうか?

突然ですが、下のイラストを見てください。

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(Pederson et al. 1998: 576)

みなさんは一番右にいる人で、自分の目の前に3種類の動物が並んでいると仮定します。この動物たちの並びを覚えてください。

次に、180°回転して机に背を向けます。先ほど覚えた動物たちの並びを再現してください、と言われたらどのように並べますか?

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(Pederson et al. 1998: 576)

 

おそらく、日本人のほぼ全員が上の図の中の左側のような並べ方をするでしょう。ところが、ツェルタル語をはじめとする東西南北を日常的に使う言語の話者は、その大半が上の図の右側のような並べ方をします。理屈は単純で、前後左右を使う日本語話者は最初に覚える時に、「自分の左から右に向かって、白→黒→灰色」と頭の中で覚えていたのに対し、ツェルタル語話者は左右を表す言葉がないので、「北から南に向かって、灰色→黒→白」という覚え方をしていたのです。日常的に使う言語によって、このような課題に取り組む時のアプローチの仕方が全然違うことがこの実験でわかりました。上の図を作ったPederson et al. (1998)*2では、ツェルタル語以外の東西南北を使う言語や、日本語以外の前後左右を使う言語の話者もたくさん集めてきて、この結果の違いが文化や生活圏の違いにあるのではなく、話す言語の性質の違いによるものであることを証明しました。

まとめと参考図書

前回と今回の2回にわたって、言語相対論を科学的に論証した研究を紹介してきました。この後も様々な分野で行われていくのですが、研究の紹介はこれで終わりにして次の記事では、言語相対論に対する私の考えや今後の展望を書いていこうと思います。今回の方向感覚に関する研究はたくさんあるので、興味のある方は

  • 井上京子(1998)『もし右や左がなかったら:言語人類学への招待』 東京:大修館書店。

を読んでみてください。空間の研究がたくさん載っていて、しかも日本語で読める貴重な一冊です。

*1:こういう研究が倫理的に許されるのかという問題はおいといて。

*2:Pederson, Eric., Eve Danziger, David Wilkins, Stephen Levinson, Sotaro Kita, and Gunter Senft. 1998. Semantic typology and spatial conceptualization. Language 74 (3): 557-589.